名古屋・大須の路地裏で、こどもから大人まで、将棋と囲碁の両方を教えています。 駒の動かし方も、石の並べ方も知らない――そこから始めて大丈夫です。負けても叱りません。まず「負けました」と頭を下げられること、そのあとに一手だけ悔しがれること。強くなるより先に、それを大事にしています。 藤井さんの活躍で将棋を始めたお子さん、定年後にもう一度と碁盤を出したお父さん。盤の前では、五歳も七十歳も、同じ一手を悩む対等な相手です。






月謝のほかにかかるのは、入会時の教材費(詰将棋・詰碁のプリント、教室ノート代として2,000円)だけです。盤・駒・碁石はすべて教室のものを使うので、手ぶらで通えます。棋書やマイ盤駒の購入をすすめることはありません。級位認定・免状(日本将棋連盟/日本棋院)を希望される方には申請を取り次ぎますが、所定の申請料はその都度、金額を先に正直にお伝えしてから。振替は前日までのご連絡で無料。将棋と囲碁、両方に興味があれば、体験でどちらも試してから決めていただけます。
「上前津 将棋教室 子供」で検索して、連盟の教室一覧でも大手の習い事サイトでもなく、このページの文章を読んで決めました。落ち着きがなくて、どの習い事も続かなかった小2の息子です。体験の日、藤沢先生が勝たせてくれるのかと思ったら、あっさり負かして、でも「いまの一手、いいねえ」と一手だけ本気でほめてくれた。それが息子には効いたようで、初めて自分から「来週も行く」と。半年で、負けても盤を崩さず「負けました」と言えるようになりました。強さより、その姿が親としては何よりです。
30代・こどもクラス 小2の保護者さま定年をむかえて、孫と将棋を指したい一心で、六十八歳の手習いです。若い子ばかりの教室だったらどうしようと不安でしたが、平日昼の入門クラスは同年配ばかりで、みんな駒の動きから始めた仲間。先生は一度も急かさず、負けても「そこが面白いところですよ」と。いまでは孫に二枚落ちで指してやれるようになり、それが生きがいです。頭を使ったあとのお茶の一杯が、こんなにうまいとは思いませんでした。
60代・大人シニア入門クラス 男性藤沢 一路(ふじさわ いちろ)。将棋アマ六段、囲碁アマ五段。日本将棋連盟 指導員。名古屋の下町、大須に生まれ育ちました。 小学三年で近所の碁会所に連れて行かれたのが、この道のはじまりです。将棋にのめり込み、十四歳で奨励会に入りました。プロ棋士――四段になれば、そう名乗れる。その一点を目指して、盤の前だけの十代を過ごしました。けれど三段リーグの壁は厚く、二十一歳で退会。年齢制限を待たず、自分で区切りをつけました。 しばらくは盤から離れていました。もう見たくない、とさえ思った時期もあります。もう一度盤の前にすわれたのは、地元の児童館で、たまたま将棋を教えてほしいと頼まれたのがきっかけでした。駒の動かし方を教えた子が、次の週に目を輝かせて「せんせい、こないだの、勝った!」と報告に来る。プロにはなれなかったけれど、この子たちにとって自分は、盤の前のたのしさを手渡せる人なのだと、そのとき初めて思えたのです。 この「棋楽舎(きらくしゃ)」は、その気持ちから、大須の路地裏の小さな稽古場としてひらきました。名の通り、棋(将棋・囲碁)を、気楽に、楽しむ場所。勝ち負けにこだわりすぎて盤ごと嫌いになってしまう子を、たくさん見てきました。だからここでは、強くなることの手前で、「負けました」と頭を下げられること、そのあとに一手だけ本気で悔しがれること――その二つを、いちばん大切にしています。それさえあれば、強さは後からついてきます。 そして、将棋も囲碁も、両方を教えています。攻めのするどい子には将棋を、じっくり考えるのが好きな子には囲碁を。逆もまた。二つの盤があると、その子に合う一つが見つかりやすいのです。大人の方には、認知症予防に、お孫さんとの時間に、定年後の生きがいに。五歳も七十歳も、盤の前では対等に一手を悩む、対等な相手です。 このページは、連盟の一覧や習い事ポータルにうもれない、教室の入口として、わたし自身が持っています。空き枠や体験の日、こどもたちの昇級は、対局の合間にスマホから自分で書き換えています。月謝のこと、送迎のこと、うちの子でも大丈夫かという不安――お問い合わせの前に消えるよう、正直に、先に、お答えしておく場所です。大須のアーケードを一本入った格子戸を、どうぞ気楽にたたいてください。
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